泣かないで、おじいちゃん

「人生をかけて買った家だけど、売ろうか」
沈黙を破るようにおじいちゃんは言った。
父方の実家が誰も住まわないということで、不動産をどうするべきか考える時期になった。所有し続けると無駄に税金がかかる上、住まわない家の老朽化は早い。賃貸も勘案したけれど、維持費等を鑑みると賃料とペイできない。建て替えはなおさら資金が必要になる。売却が妥当である、というのが親族の一致した意見だった。
34年済んだ家。おじいちゃんにとって、息子娘にとって、孫の私にとって思い出のたくさん詰まった家は簡単に売れるものではなかった。もはや家はただの建築物ではなく、思い出そのものになっていた。

夜。ビールを飲みながら話した。口数の少ない人であったけれど、今日は仕事について話してくれた。辛かったこと、苦労したこと。
そして病気のおばあちゃんのことも少し。
「おじいちゃんは、おばあちゃんのいない世界が想像できないんだよ」
叔母さんが笑いながら言った。おじいちゃんは何も言わなかった。男尊女卑の時代の人なのにね、と叔母さんは付け加えた。
帰り際。
「人生つらいことがたくさんある。とくに若いころにはね。けれどがんばりなさい。諦めることはいつでも簡単だ。お前はうちの次世代のホープだ」
真剣な眼をしていた。
その箴言を胸に、孫であることに矜持を持って生きていくよ。
ありがとう。