わすれないで

電車で向かいの席に座る二人が話をしていた。
「どうしたら良いと思います?」
「うーん、難しいね」
30歳前後の男性と若い20歳後半の女性が話していた。話を聞くところによると、女性の出会って間もない意中の人が仕事でNYに行ってしまう。しかし付き合っているわけでもなく、これからどうしたら良いかわからず悩んでいるらしい。男性は「自分が後悔しないように行動しなさい」などと答えていたのだけれど、女性は納得できないのか「でも…」とか「どうにかしたい」などと煮え切らない様子だった。付きあってもいない男性と共に海外に行くことは現実的ではないし、長期滞在ともなれば会うこともままならない。毎日電話でコンタクトをとることもやはり難しいだろう。煮え切らない返答を繰り返す女性の態度に男性もほとほと困り果てたのか、最後にこう言い放った。
「結局、君はその子とどうなりたいの?」
良いぞ、おっさん。私も同じことを思っていた。海外までついていくほどの決断はできないし、付き合っていくのも難しいのであれば二人の関係は終わりだろう。この質問にたいしてどう女性は反応するのだろう。女性は困った様な顔をして、少し間を置いてこう言った。
「私のことを、忘れないでほしい」
考えてしぼりだした答えが忘れないでほしい。なんだかその純真さに感動してちょっと泣きそうになった。いいな、そういうかんかく。ちょっとあったかい気持ちになって私は2つ先の駅で下車した。

心と云う毎日聞いてるものの所在だって
私は全く知らない儘大人になってしまったんだ